志式神社(ししきじんじゃ)は福岡市東区大字奈多にある神社です。
一の鳥居をくぐった右手に建つ志式座(市指定文化財)は、間口16.3m、奥行5.27mの桟瓦葺切妻平入の建物で、舞台の下手には7.22mの花道が常設され、現在も神社の祭りで使用されています。11月19日(旧暦10月19日)の秋大祭には、県指定無形民俗文化財の「早魚(はやま)行事」が奉納されます。
【神社名】
志式神社(ししきじんじゃ)
【祭神名】
火明神(ほあかりのかみ)
火酢芹神 (ほすせりのみこと)
豊玉姫神(とよたまひめのかみ)
十城別神(とおきわけのみこ)
稚武王(わかたけのみこ)
葉山姫神(はやまひめのみこと)
【鎮座地】
福岡市東区大字奈多1238-2
【旧社格】
村社
【問い合わせ先】
【主な祭事】
11月19日 愁大祭・早魚(はやま)行事
【ホームページ】
志式神社記より
神功皇后三韓進軍の折此の奈多浜の鎮座される荒ぶる神の御前にて戦捷の神楽を奏して征途につかれた、此の所を神楽岸又は躍り坂と伝え当時神功の料理に奉仕した祖先の意志が受けつがれ今日の早魚神事として伝承される。
古は三郎天神と称え後に志々岐三郎天神と称えたのは志々岐の三郎が勧請合祀した故であろう、明治の代に至り志式神社と改称される祭神は火明神、火酢芹神、豊玉姫神、十城別神、稚武王、葉山姫神で火難、盗難、難産を免れ家運を開く神として広く世に知られる。
正徳五年正月、寫書の「奈多浦志々岐大明神之事」に、聖武天皇の御宇観世音寺建立に当りご本尊を中華の國より運ぶ折、此の奈多沖にて急に大時化に会い肥前の國五島の志々岐大明神を船中に勧請し祈願した所無事皈國することが出来た。その後奈多の吹上浜に斯の社を建てその横に四尺三寸五分三尺六寸厚さ二寸二分の金の台座の上に赤銅の阿弥陀仏像を祭ったが、天正十二年岩屋陣の戦の時島津兵が此の像を盗み皈り后に刀の鍔に改鋳した。之が今日伝わる筑前の阿弥陀鍔の由来である。
此の由緒ある神社を永久に世に伝え限りなき神徳を氏子崇敬者と共に讃えむ。